築35年の保養所をリノベーションしたメイン・プレミアム棟と、テニスコートを更地にして新しく建てた木造平屋のヴィラ棟からなる1日4組限定の高級リゾート宿泊施設「THE GOAT AWAJI(ザ ゴート アワジ)」。
本インタビューでは、「THE GOAT AWAJI」の施主である株式会社キコークリエイトの笹倉代表に本プロジェクトや事業に対する想いを伺いました。
取材/嶺竜一(ハートノーツ)
執筆/GOOD PLACE

右:株式会社キコークリエイト 笹倉代表 左:株式会社GOOD PLACE 嶋田 写真:Takuya Hayasaka
嶋田
キコークリエイト様では全国に不動産を所有し、宿泊施設も次々とオープンさせるなど、幅広くビジネスを展開されていらっしゃいます。
笹倉氏(以下、敬称略)
当社では、もともとテナントを借りて新聞販売店をしていました。そのうち3店舗、4店舗と店舗を増やしていくうちに、テナントへ払う家賃も増えていって。それなら自分たちで不動産を所有し、家賃を支払うのではなく資産運用に活用しようと考え、10階建てのマンションを建て家賃収入を得るビジネスを始めました。今では全国に120ほど不動産があります。

株式会社キコークリエイト 代表取締役 笹倉 光雄様 写真:Takuya Hayasaka
嶋田
2018年から淡路島に多様なコンセプトの宿泊施設をオープンし、2024年7月には私たちGOOD PLACEが担当させていただいた「THE GOAT AWAJI」も開業しました。なぜ、この淡路島でホテル事業を進めようと思ったのでしょうか?
笹倉
淡路島はキコークリエイトのある大阪からもアクセスがよく、以前から休暇のたびによく遊びに来ていました。当社の宿泊事業は、実はこの淡路島で偶然見つけた別荘からスタートしたんです。気になる建物がちょうど売りに出ていたので即決で購入し、プールやテラスを改装して「Villa Mon Temps Awaji」としてオープンしました。その経験を基に、今回の「THE GOAT AWAJI」を含め、淡路島に計8つの宿泊施設を展開するまでになりました。
「THE GOAT AWAJI」は当社の集大成とも言える施設で、以前から抱いていた「大きなリビングでみんながゆったりと過ごせる空間」という理想を形にできました。
嶋田
「THE GOAT AWAJI」の詳細を決めていくときも、「みんながゆったりと過ごせる空間にしたい」と仰っていましたよね。これはどのような思いから生まれた考えなのでしょうか?

株式会社GOOD PLACE 大阪支店 ストラテジックデザイン課 嶋田 郁未(メイン・プレミアム棟 設計担当)
笹倉
通常、家族や友達とホテルに泊まっても、みんなで一カ所に集まってワイワイすることは少ないでしょう?でも「THE GOAT AWAJI」では、大きなリビングで好きにお酒を飲んだり料理を作ったりして、自由に過ごせる空間にしたいと考えました。この大きなリビング+複数の個室という組み合わせは「Villa Mon Temps Awaji」も同じです。
嶋田
「THE GOAT AWAJI」のメイン・プレミアム棟と呼ばれる建物の客室フロアは、もともと30平米程度の小部屋に分かれ、男女別の浴室を備えていましたが、笹倉代表の希望である「みんながゆったりと過ごせる空間」にするため、1フロアでの宿泊ができる仕様に変更しました。今回のリノベーションで壁を取り払い、共有部とセキュリティラインを完全に分けてプライバシーを確保したレイアウトにしています。

右:メイン・プレミアム棟 左:ヴィラ棟
大きなリビング・ダイニング、またお客さまが思い思いに過ごせるようにという考えから高級宿泊施設には珍しいキッチンも備え、2部屋の寝室、サウナやジャグジーも完備しています。3階はルーフバルコニーがあるので、BBQができる仕様にしました。新築のヴィラ棟も、同じように1棟にすべての機能を備えています。
笹倉
築35年のわりに外観はキレイやったけど、内装はびっくりするくらいボロボロでね(笑)。よくここまでキレイになったなと思います。

外観のBefore/After

テニスコートがあった場所にヴィラ2棟が建つ
嶋田
GOOD PLACEでは建物調査を行い、外観のきれいな状態を活かしてコストを抑えつつ、耐震や利便性向上のための計画をご提案しました。具体的には、
- 外壁面は状態が良い部分は洗浄のみ、補修は一部に留めることで、既存の良さを生かす
- 耐震診断を実施し、解体計画や構造補強を検討。既存の梁や補強梁など、改修工事においてデメリットになりそうな構造体も、折り上げ天井にするなど工夫して、違和感なく空間に馴染む計画に
- 利便性向上のためのエレベーター増築
など、既存建物のメリットを残し、デメリットを強みに変える計画を行うことで、新築にはない改修案件ならではのデザインになるように設計しています。

客室のBefore/After

浴室のBefore/After
建物の可能性を最大限に引き出すことを大前提としていましたが、やはり特に難しかったのは築35年の建物における予測不能な課題の対応でした。梁や柱、床下など解体後に発見された構造的問題なども迅速に解決策を考え、キコークリエイト様とも何度も話し合いながら細かい部分まで対応を行い、デザイン性を損なうことなく技術的課題を解決することで、通常、同規模の新築なら2年程度かかる工期を実質9カ月で竣工させることができました。
笹倉
ベースとなる要望としては「宿泊される皆さんに非日常体験をしてもらえるよう、施設内で独自の世界観を創りたい」といったものがありました。4社コンペを実施して、途中、紆余曲折もありましたが結果としてGOOD PLACEさんにお願いしようとなりましたね。こちらが出した要件に対して丁寧で細やかなコミュニケーション、そして最適な提案をしてくれたと思っています。
これまで、いろいろな建物の建築・改装を経験していますが、お金をかけて大きなものを手掛けるときにはやはり不安はつきもの。その点、GOOD PLACEさんはこれまでのどの会社よりも打ち合わせが多く設定されていて、何かを決めるときもメリット・デメリットをしっかり伝えてくれたり、一つひとつ細かいところまで確認しながら進めてくれたりと私たちの不安な部分をしっかり払拭してくれる進行(プロジェクトマネジメント)が印象的でした。
嶋田
ありがとうございます。皆さんにより納得・満足いただける形で建物を創り上げたいという一心で、プロジェクトマネジメント担当のソリューションPMを筆頭に施工・設計が一丸となって進めていきました。
今回の企画では、キコークリエイト様からのさまざまな要望を咀嚼しながら、また、私なりに淡路島という場所の歴史を紐解きながらコンセプトやストーリーを組み立てています。地域の歴史から独自性の高いコンセプトを導き出そうと、淡路島が舞台になっている『国生み神話』の『イザナミ』という神様からインスピレーションを受け、非日常感を味わえるような『異世界へ誘う』というデザインコンセプトを掲げました。

デザインコンセプト
ホテル名に『史上最高な』という意味の『GOAT』という単語が含まれていますが、その名に劣らないハイエンドかつラグジュアリーな空間をつくり上げることができたと考えています。
笹倉
提案してもらったコンセプトやデザインは、第一印象からとても良かったです。こちらが伝えた要望をしっかりと理解したうえで提案してくれているなと感じましたね。
嶋田
発注いただいたあとも、詳細を詰めていく打ち合わせにはすべて笹倉代表が参加してくださって、とても熱意を感じました。この熱意にはぜひ応えていきたいとチームみんなが思っていましたね。そして、提案内容がイマイチだと「あかん」、よければ「ええやん」とすぐ率直な意見をくださったのも、とても印象的でした。私は毎回一喜一憂していましたが(笑)。
笹倉
そう?(笑) 定例のたびにいろいろ提案してくれてガッツあるなぁと思って。ボツになるかもしれない案も、手間暇かけてしっかり図面に落として一つひとつ提案してくれたり、こちら側が判断しやすくなるようなビジュアルプレゼンテーションが多かったり、惜しげもなくどんどん案や図面を形にして提案してくれる姿はとても記憶に残っていますね。 そのお陰で、私たちもいろいろイメージがついてどんどんアイデアや要望を出してしまったところもあったかもしれない(笑)。
嶋田
要望はたくさんいただきましたが(笑)、良いものを共創している感覚を強く感じましたね。 他にも印象に残っているものでいうと「植栽がたくさん欲しい・森に囲まれた感じにしたい」という笹倉代表の要望でしょうか。当社ではこの要望を受け、淡路島の気候に適した植栽計画を立案し、四季を通じて緑を感じられるデザインを提案させていただきました。

植栽計画
笹倉
遠くの山へ行けばいくらでも緑はあるけど、身近で、しかもリゾート地で緑に囲まれて過ごす機会はなかなかないでしょう?こういった形で「緑を楽しむ」っていうのも、ある種の贅沢やと思ってね。緑が生い茂ってるとプライベート感も演出してくれますしね。
嶋田
客室にいてもプライベート感が感じられるよう、アプローチなどの外構だけでなく客室のバルコニーにも植栽を積極的に取り入れています。植栽選定では成長速度や維持管理のしやすさを考慮して葉の茂った常緑樹を中心に構成していましたが、竣工から数カ月経ちどの植栽もとてもよく育っているのを見ると、設計意図がしっかり反映・実現できていると感じました。建築と植栽を一緒にデザインすることで建物全体の一体感を生み出し、まさに森に溶け込むような空間づくりができたと思っています。これから一層森らしさが演出できると思いますので、春・夏の姿がとても楽しみです!

客室からもバルコニーの植栽がよく見える
笹倉
どのエリアのデザインも良いけれど、個人的に抜群やと思っているのは1階のエントランスロビーの設え。ロビーには自分で選んだますが、それが空間のアクセントになって一層世界観を際立たせてくれてると感じますね。

エントランスの吹き抜けは組子細工が煌めく(右手のロビーラウンジ入口に置き時計を配置)
嶋田
笹倉代表が御用達のアンティーク家具屋さんに足を運んで一緒に家具を見て回り、そこで出会ったのがロビーの置き時計でしたね。他にも、ロビーラウンジのテーブルや椅子も一緒に選ばせていただきました。笹倉代表のこだわりや理想が詰まった建物になっているように思います。現在、「THE GOAT AWAJI」にはどのようなお客さまが宿泊されているのでしょうか?

代表こだわりのテーブルや椅子が並ぶロビーラウンジ
笹倉
当初はファミリーでの利用が多くなるんじゃないかと予想していましたが、若い方たちにも多く利用してもらっています。大阪や神戸にはこういったリゾート地がないので、淡路島は「ちょっと癒されに来る」にはもってこいの場所なんです。道路が混んでいなかったら大阪から一時間で来られますから。
オープンしてまだ半年ほどですが、すでにリピーターの方が何組もいらっしゃいます。当社のリゾート施設は、ホテルというより別荘として使うようなイメージが近い。初めは1泊でお泊まりになった方も、1泊して翌日午前にチェックアウトしてはもったいない、もっとゆっくりくつろぎたいといった声も多く、連泊される方が増えています。
嶋田
リピーターの方たちにも楽しんでほしい、いろいろな使い方をしてもらいたいという要望もありましたので、部屋のデザインは4つとも異なります。そういったところも楽しんでもらえると嬉しいですね。

大きな窓を開けると解放感のあるヴィラ棟
笹倉
自分の使命は「皆さんに喜んでもらえる場所を生み出すこと」だと日ごろから思ってるんです。だから、私たちのこだわりや想いが詰まった「THE GOAT AWAJI」 も長く愛される宿泊施設になれるといいなと考えています。
一方で、いま「THE GOAT AWAJI」がある東浦エリアで一番足りないのが「食」なんです。ホテルの1階では鉄板焼き、近隣でも私たちが飲食店を何店舗か運営していて、今年6月には古い建物を改修したカフェレストランもオープンする予定ですが、まだまだお客さまに満足いただける数ではないという課題があります。需要に合った飲食店を展開し、ちゃんと雇用も生み出していきたいですね。
嶋田
淡路島は、名産の玉ねぎはもちろん魚介もとても美味しいのですが、たしかにこのエリアは飲食店が少ないですね。私も工事中によく来ていましたが、ごはんを食べる場所にはとても苦労しました。「食」以外にも何か企画していることはあるのでしょうか?
笹倉
アクティビティにも力を入れていきたいと思っています。「THE GOAT AWAJI」の近隣でアクティビティというのは海水浴以外にあまりない。かといって、わざわざ淡路島まで泊まりに来てみんなでワイワイ楽しんで、次の日すぐ解散して帰るなんてもったいないでしょう?だからチェックアウト後にも楽しんでもらえるようにと、夏から40フィートのクルーズ船の就航を予定しています。 たとえば、ホテルをチェックアウトしたら送迎車で近くの港に行き、船に乗って明石大橋の下を2時間クルージングしながらお酒や料理を楽しむ。そんな宿泊以外の楽しさ・空間も提案したいと思っています。

BBQが楽しめるルーフバルコニー
嶋田
ホテルだけでなく淡路島を存分に楽しめる、最高の時間の過ごし方になりますね!
笹倉
そうでしょう、やるからには早く船長を探そう教育しようと社内で話していたところ、グループ内の宿泊施設のアルバイトに1級小型船舶操縦士の免許を持っている子がいるとわかって。しかも本業は釣り船の船長で、今でも釣り人を運んでいるというんです。プロですよ。これはもう彼しかいないと、正社員になってウチのクルーズ船の船長になってくれと口説いてね。いままさに走るコースを決めたり練習させたりしています。
嶋田
先ほどの食の話もですが、地域活性や従業員の雇用についてもとても前向きに取り組んでいらっしゃるように感じました。この根底にはどのような考えがあるのでしょうか?
笹倉
「人を雇用する」ということを大事にしています。ただ、人を雇用するからには会社も成長しないといけないですよね。極端な話、10年前に入った従業員が10年経っても立場も収入も変わらん状態では雇用する側として責任がなさすぎる。だから働いてくれている従業員が夢を持てる仕事を生み出したいといつも考えています。
嶋田
「THE GOAT AWAJI」を中心に新しい文化・雇用が広がっていくようでとても嬉しいです。今後の事業展開も楽しみにしています!