これからの「働き方」を実現する4つの施策
〜①チーム・アクティビティ・ベースド・ワーキング(T.ABW)
2021年3月、東京都千代田区九段下に株式会社リクルートの新オフィスがオープンしました。日本住宅公団のオフィスとして1960年に建築され、2004年から10年間は大学のキャンパスとして利用されていた九段坂上KSビルをリノベーション。モダニズム建築の良さを最大限に活かしながら、最先端のテクノロジーを取り込んだオフィスは、2021年グッドデザイン賞ほか、「日経ニューオフィス賞」やアメリカの「Architecture MasterPrize2021」、「DFA Design for Asia Awards」など国内外で数々のアワードを受賞しています。
リクルートグループの都内の7つのオフィスから従業員1500人を集約・移転する「九段坂サステナブルプロジェクト」がスタートしたのは2020年1月。プロジェクトのメインテーマは「NEWオフィススタンダードへの提言」です。
リクルートから3~7階部分のオフィスフロアの設計と、全体の施工、プロジェクトマネジメント(以下PM)を受注したGOOD PLACEは、プロジェクト当初からチームに参加。新しいオフィスをどのように設計するのか、多方面のアイデアを出すことから始め、およそ半年かけて機能・レイアウト・デザインをまとめていきました。
さまざまなアイデアは、「チーム・アクティビティ・ベースド・ワーキング」、「何も触れずに過ごせるオフィス」、「地域社会・地球環境との共生」、「ストレス解消と健康促進」の4つの施策に集約され、新オフィスに実装されています。
この4つの施策をどのようにオフィスに実装したのか、プロジェクトをマネジメントした株式会社リクルート総務・働き方変革総務統括室ワークプレイス統括部の西田華乃氏にお聞きしました。第1話で取り上げる施策は、「チーム・アクティビティ・ベースド・ワーキング」です。
取材・構成/嶺竜一(ハートノーツ)
株式会社リクルート 総務・働き方変革総務統括室ワークプレイス統括部の西田華乃氏 写真:SHUNICHI ODA
――「チーム・アクティビティ・ベースド・ワーキング」とはどのようなものか教えてください。
西田氏(以下、敬称略) 現在リクルートでは、チームで仕事を進めることが多いです。組織内のみならず、組織を超えたチームなど、目的に応じてチームが作られ、さまざまなプロジェクトが同時に進行しています。そのため、「チーム・アクティビティ」を優先したオフィスはどうあるべきかを考えました。
――チームが適切に集合できる場所をバリエーション豊かに作りましたね。
西田 近年のオフィスは、フリーアドレスのデスク、会議室、リラックススペースといった分け方が一般的になっています。当社も早くからフリーアドレス制を導入しています。それは非常に効率的ではあるのですが、良い面ばかりではありません。従業員がオフィスに出社しても、空いているデスクで個人作業をするだけして、ミーティングが入っていなければ、ほとんど誰とも話さずに帰宅するという日もあるのです。せっかく時間をかけて出社しているのにもったいないですよね。「あの件でちょっとあの人と直接話したいな」と思っても、そもそもどこにいるかわからないですし、いたとしても静かなデスクでは話しづらい。競争率の高い会議室を取るほどでもなかったりして、まあいいや、と諦めてしまったりする。
――かつてのように、同じ部署のメンバーが近くのデスクで働いていれば気軽に会話ができますが、確かに会話のハードルが上がったように思います。
西田 さらに新型コロナウイルスの影響で、全員出社が当たり前ではなくなりました。自宅でも、カフェでも、サテライトオフィスでも、どこでも仕事をすることができるようになりましたよね。そうするとますますオフィスが遠くなってしまうんです。つまり仕事をする場を選択できる時代になった今、会社が従業員に提供するオフィスというのはどういう機能があるべきかと、議論を重ねたんですね。そこでたどり着いたのが、オフィスは「人と会う場所」、「メンバーが集まる場所」であるべきということなんです。
――家でもカフェでも、どこで働くことも自由だけど、それでも人が集まって来るようなオフィスということですね。それはやはり個人が快適に仕事できるだけではダメで、さまざまなプロジェクトチームのメンバーが、自由な単位で気軽に会える場にするべきだと。実際にはどのような場所を作りましたか。
西田 ホワイトボードに書きながら意見を出し合って議論したいのか、お互いの作業を確認しながら隣で一緒に仕事をしたいのか、もう少し大人数のメンバーで集まってプレゼンや決め事をしたいのか、コーヒーを飲みながらリラックスして話がしたいのかなど、バリエーションや、チームのサイズに合わせたさまざまな場を作りましたね。
「フォーカス」は主に2名で仕事に集中するための個室ブース。同じプロジェクトを進める仲間が、お互いに意見を聞きながら、一緒の場所で仕事をするというのは非常に仕事が捗るんですよね。
1〜2名で集中して仕事ができる「フォーカス」。 写真:KEIKO CHIBA
西田 「ブレスト」は、2〜4名の小規模なチームで手軽に議論を行うことができるスペース。ここはクルクル回る可動式のホワイトボード兼間仕切りがあって、机も簡単に動かせる軽量素材。チームが議論に合わせてミーティングルームを作るイメージです。
可動式のホワイトボードを使って議論ができる「ブレスト」 写真:KEIKO CHIBA
西田 「ジョイン」は5〜20名のミーティングを想定したエリアです。こちらも壁が可動式になっていて、メンバーの人数にあった大きさに変えることができます。壁の上部が開いているので、周りのミーティングの声が気にならないように、サウンドマスキングを入れています。スピーカーから環境音を流し、音で音を消す仕組みですね。
障子のような間仕切りで会議室スペースを作れる「ジョイン」 写真:KEIKO CHIBA
西田 最上階には、ガラス張りで景観の良い空間を自由に使える「パノラマ」というマルチスペースを設けました。東側は靖国神社が真正面から見えて、南側は千鳥ヶ淵と日本武道館が見える、すごく開放的な空間です。ここはセミナーなどのイベントにも使えますし、動画を撮って配信をしたり、スチールなどの撮影にも使えます。
南館7階に設置された「パノラマ」。 写真:KEIKO CHIBA
西田 他にも、カフェのような少し優雅な空間「ブレイク」や、事前のアプリ登録でウォークスルーで商品が購入できるタッチレスの無人コンビニ、イートインスペース、オンライン会議用ボックスなど、いろんなパターンを考えて、様々な機能別のスペースを設けました。
カフェのような空間で落ち着ける「ブレイク」 写真:KEIKO CHIBA
――それぞれの場所の空間デザインが一つひとつ違っていて、バラエティに富んでいますよね。飽きたら少し場所を変える。また違った場所に行ける感じがいい。天気が良い日はピロティのカフェテリアで仕事をするのも気持ち良さそうですし、一人でも複数でも、ここにいるだけで楽しいというか。仕事をしていて飽きないでしょうね。
西田 そうなんです。このビルは、東西南北に建つ棟が、真ん中の中央棟を囲む構造で、5棟構造になっているのですが、それぞれのビルが、高さも幅も形も違うんですね。ここは大学だった時期があって、まさに学校の雰囲気があるんですね。
5つの棟を自由に移動できる。 写真:YURIKA KONO
――確かに、柱と梁がむき出しになっているラーメン構造も個人的に好きですし、渡り廊下や階段を使ってビルを移動するというのも、学生に戻った気分で懐かしいです。次の授業のために移動することが前提の構造になっているように思います。
西田 このビルを決めた一番大きな理由は、この構造の面白さです。昨今のオフィスは大きなビルの1000坪ぐらいの広いスペースを壁で区切って、執務スペースや会議室、リラックススペースなどを作っていくのがトレンドですが、このオフィスは最大でも150〜200坪ぐらいしか取れないんです。この構造の中で新しい働き方を考えていった結果、機能を分散させるというのが自然でした。それぞれのスペースの特徴を活かして、嗜好を凝らした空間作りがしやすかったんですね。
――機能に合わせて人が移動することが前提になっているのですね。
西田 移動するということがそんなにストレスにならないんです。ちょっと違う場所に行けばまた違う雰囲気で、必要な機能に出会えて仕事ができる。ずっと同じところで一日中同じ景色を見ながら仕事をするよりも、気分が変わってまた違う思考や発想ができるのではないかと思います。渡り廊下のような場所もあるし、レトロな手すりや真鍮製のフロアサインのある大きな階段もあって、常に人が行き交う。建物に回遊性があるのです。
――気分転換にもなりますし、いい運動にもなりそうですね。
西田 従業員が気分を変えるためにあちこち移動するというのも狙いです。当社は早くから自由な働き方を推奨していて、コロナ禍でのテレワーク移行も非常にスムーズでしたが、在宅ワークはどうしても運動量が減りますよね。じつは出社すること自体がいい運動になっているわけで、せっかくオフィスまで来たのだから、少しでも歩いて健康になってもらいたいと考えました。
――ここで働いている従業員の反響はいかがですか。
西田 「感動しました」「家で仕事するよりも捗る」「またここで働きたい」といった声が届いています。窓の外には大きな街路樹も生えていて、緑が多いですし、タワービルと違って窓も開閉式で空気が通りますし、いい「居心地」を作れたなと思います。
――古いビルなので天井高が低いかと思いましたが、かなり高いですね。
西田 高いところでは3メートルほどあります。基本的に全ての壁や天井を抜いて、コンクリートの躯体をむき出しにしているのと、床も既存の床にカーペットを敷いただけなので、最大高さが取れています。一般的に、オフィスはOAフロアと言って床を10cmかさ上げし、電話線、LANケーブル、電源ケーブルを這わせるのですが、それをしませんでした。当社は電話はスマートフォン支給、ネットはWi-Fiなので、オフィスに必要なのは電源だけです。そのために10cmも高さを無駄にするのはもったいないので、電線には厚さ1mmのフラットケーブルを採用し、カーペットの下に隠しました。
天井をくりぬき、OAフロアを設置しないことで、高い天井高を確保している。写真:KEIKO CHIBA
西田 ただし、デスクが可動式のものが多いので、全てのデスクに電源を用意していません。その代わりに、モバイルバッテリーステーションを設けました。モバイルバッテリーが常に充電されていて、それを自分のデスクに持っていって充電することができます。
――まさに自分たちの仕事がしやすいように自由にレイアウトできる設計になっているのですね。
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