美大で学んだことを活かす言語化のトレーニング
私が2015年に新卒入社した頃は美術大学出身の方がいなくて、仕事ができる理系出身の先輩に囲まれながら、「どうしよう、絶対についていけない…」と感じたんですね。そこで、何か聞かれたら絶対に即答できる分野を身につけてとにかく詳しくなろうと、オフィスにある家具のカタログをくまなく読み込みました。私の場合、そうやって強みをひとつ持つことから少しでも自信をつけていこうとしました。
設計者の中にはさまざまなデザインプロセスを持つ人がいますが、私はたくさんの絵を描きながら、それが実現できる空間づくりを目指して図面を描いていくやり方をしていることが多いので、もしかしたら美大で学んだことが活かされているのかなと感じます。
一方で、なぜそのデザインが良いと考えるのか、きちんと言語化できるようになるための努力は必要でした。大学生の頃の同級生たちと「これかっこいいと思わない?」「わかる!」といった感覚的な会話だけで済んでしまっていたやりとりは、たまたま似た感覚を持つ者同士の言語だと思うので、クライアントやチームのメンバーに伝えるためのトレーニングが必要なんだと社会人になり学びました。
新しくできた施設にはなるべく訪れるようにしたり、古くからある空間の心地良さや、たくさんの人がその空間に集まる理由をなるべく言語化したりすることを意識しています。そこで感じた体験を誰かと話すことで、自分の中で整理され、空間をつくる際の多くの引き出しを持てるようになるのを日々感じています。
使い手の居心地を想像し、「シーン」をデザインする
当社がデザインメソッドとして掲げている「シーン」のデザインは、私が設計において大事にしていたことでもありました。空間を居心地の良いものにするため、長い時間そこで過ごす人のことを想像するようにしています。だからこそ、使用する素材や光環境、音など、さまざまな条件について考える必要があります。例えば、「昼下がりにコーヒーを飲みながらこの空間で過ごしたら気持ちが良いだろうな」といった、生活の中のワンシーンを想像することで、そこで過ごす時間を心地の良いものにするために必要なものが詰まった空間を設計していきたいと思っています。
ありがたいことに、GOOD PLACEでは現在さまざまな領域のクライアントからお仕事のご依頼を頂いており、オフィスはもちろん、ショールームやスポーツ施設など、多様な方が訪れる場所を設計しています。自分が実際に体験して感じたことの引き出しを増やし、エンドユーザーの気持ちの解像度が上がった状態で設計ができるように、ジャンルを問わず色々なことにチャレンジしたいと思っています。
普段からさまざまな人と話す中で、その人が好きなものやどんな所が好きかを聞くようにしています。もちろん純粋に興味があって知りたいということもありますし、なるべく色眼鏡にならずに情報がキャッチできるように、アンテナを張ることを心がけていますね。少しでも知っていることがあれば、その空間で過ごす方の気持ちが想像できるようになる気がするので。
相乗効果が生まれるチームづくり
2023年から室長を務めることになりましたが、チームメンバーの最終成果物のビジュアルを私の好みに寄せたいということではなく、ひとつの素材から受け取る印象について設計者同士で意見交換したり、エンドユーザーに感じて欲しいことをチームで話し合ったりすることが多いです。
設計者が伝えたいコンセプトに対して、その表現が果たしてベストなのかを議論するのは大切なプロセスだと思っています。一人で考えていると好みに寄ってしまったり、クライアントの言葉に引っ張られてしまったりすることが多々起こります。それぞれの思い描く理想について話し合いながら、きちんとロジックに沿ったデザインに軌道修正できるのはチームの良いところなので、自分自身の個性を持つ設計者同士の相乗効果が生まれるようなチームにしていきたいと思います。
日々学ぶこと・目指したいデザイン
当社のオフィスの1階は私が設計を担当した空間なのですが、実際に使われている風景を間近で見ることができるので、いつも働きながら興味深く感じています。
エントランスの大きなカウンターは、終業後に若手のメンバーが集まる賑やかなシーンを思い描いて設計したのですが、実際はむしろマネージャークラスの人と若手メンバーがフラットにコミュニケーションを取るシーンが見られ、さまざまなメンバーが過ごす人気スポットになっています。想定した意図とは異なる使われ方をしているのが面白いですね。
個人的にハイメ・アジョンというスペインのデザイナーが好きなのですが、かっちり線を揃えたスタイリッシュなデザインというより、雑多でカラフルな空間が得意な方で、彼の手掛けた空間は、一見乱雑に家具が置かれているようでいて、どういうわけか風通しの良さがあるんですね。「計算された野暮」と言いたくなるような、テクニカルなデザインが勉強になります。
私はどちらかというと規模の小さな物件が好みで、今後は造作家具のデザインにこだわった空間ができると良いですね。機能性の追求だけじゃない、どこかキュンとするポイントがある空間や、カルチャーを生むような場に興味があるので、そんなデザインができたら幸せだと感じます。これからも納得のいくクオリティの空間をデザインしていきたいです。